塩釜に行ってきました

仙台から塩釜へ

仙台から塩釜へ

先週、友人と大阪空港から仙台空港へ、そこから仙石線に乗り塩釜に行ってきました。仙石線は現在も高城町駅から陸前小野駅までが津波の影響で不通になっています。一緒に行った友人の知人が野蒜(のびる)地区で被災し塩釜の「みなし仮設住宅」に住んでいるので、その方の話を聞きに行くのが一番の目的でした。

野蒜地区は甚大な津波被害のあった場所です。その知人は家も職場も、そしてご両親も津波に奪われました。一緒に居酒屋で飲みながらお話を伺いました。涙なくしては聞けない内容でした。

その日は松島まで戻って泊まり、翌日はホテルからタクシーで野蒜地区などを回りました。運転手さんも被災されたそうです。運転手さんは「とにかく『まさか』という気持ちが強くて、素早く逃げることが出来なかった。今思えば、津波は来ない、という思い込みがあって、ほかの地区に津波が到達してることはラジオで聞いて知ってたのに、ここまでは来ない、と思っていた。それが間違っていた」と話して下さいました。このお話は許可をもらって全て録音し、少しずつ聞きなおしています。

「正常性バイアス」という言葉はよく聞かれます。「同調性バイアス」と共に気を付けなければならないし、周りにも伝えていかなければならないことです。

被災地に行ったのは2回目です。1回目は2011年の8月。現地の方にお話を聞く機会はなく、がれき撤去のボランティアだけでした。

南海トラフ地震が30年以内に発生する確率は60~70%だそうです。地震が起こると堺泉北臨海工業地帯では1,7万キロリットルの石油が流出する、と予測されています。被災地で見聞きすることを他人事とせず、高石で何をすべきかを真剣に考えなければ、との思いを強くしました。

 

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